快く生きる日々 No.18 渡辺照子
「ホストとホストが交わる時・宝物のように輝きを放つ」
とある週末、自宅から車で40分ほどの赤城山麓(群馬県)にある農産物直売所に向かった。高速道路のインターチェンジに近いせいか、朝早いのに近県ナンバーの車も駐車場にぎっしり。私が求めたものは、こごめ、ふき、うど、サトイモ、うぐいす菜、さやえんどう、ホウレンソウ、シイタケ、・・・。季節は春、冬を越えた山菜や野菜たちは、エネルギーと抜群の糖度を蓄えている。食べたら元気がアップするのを保証してくれそうなラインナップだ。何のために野菜たちを求めに行ったのかというと、二日後に兵庫県に住む仕事仲間Sさんのご実家で、料理をして、彼女のご両親にふるまうためだ。なるべく鮮度を失いたくない。冷蔵便で宅配業者に託した。
さて、ここは兵庫県西宮市。甲(かぶと)山の麓にSさんのご実家があった。私の住んでいるのは、同じ「麓」でも田畑の広がる赤城山の麓だが、彼女のご両親が住まわれているのは、眼下に大阪湾を臨むことのできる閑静な住宅地にある邸宅であった。阪急神戸線という雰囲気のある電車に乗って、駅に降り立ってまずしたことは、母に電話して、ふきの調理方法を確認すること。私の母は、自己流で調理して食堂経営、旅館経営をしてきた料理の腕前を持つ。「身欠きニシンを油で炒め、出汁が出たところに湯がいたふきを入れる。しばらく炒めたら、他の調味料を入れる前に、まず砂糖だけを入れてしばらく炒める。それがコツ。」ほ、ホーン、そうなのかあ。これで調理の準備はばっちり。あとはいつも母の手伝いをしながら厨房で見よう見まねで習ってきたやり方で調理すればよい。
迎えに来てくれたSさんと最初に向かったのは、スーパーマーケット。みょうが、長芋、モズク、などを購入した。いよいよご両親とごた~いめ~ん。お父さまは90代。ピンク色のシャツに紺色のベスト。このお父さまが日本の経済成長を支え、このような邸宅を構えられた、その栄華をほうふつとさせる背筋も表情も引き締まったプレゼンス。お母さまは80代。パステル調のオレンジ色のセーターから、アイボリーのシャツの襟をのぞかせている。肌は透き通った白さでにこやかな表情、紅の色が映えている。玄関で迎え入れてくれた。中へ進むと、整えられた広いリビング、磨き上げられた木彫りの手すりの階段、吹き抜けには、Sさんお手製のステンドグラス。家中のそこここに花瓶にさされたバラが飾ってある。お母様が庭で丹精込めて育てたものだそうだ。この日は、Sさんのお嬢さんもいてくださって、のっけから、歓迎していただいていることがビンビン伝わってきた。特別な和菓子とお茶を頂戴したあと、調理に入った。お父様とお母様は、食事の準備が整うまで、アマゾンプライムで映画を楽しんでいらした模様。Sさんは傍にいて、調理の補助をしてくださった。Sさんのお嬢さんも補助や味見をしてくれた。なにより嬉しかったのは、お嬢さんと会話できたこと。未来が有望な社会人として思っていることや感じていることを率直に対等に話してくださったこと。本当は調理の手を止めて、じっくりお話を聞きたかったくらいだ。
なんていうかなあ、全くのよそのお宅に入り込んで、ご家族の皆さんが傍にいてくれて、私が作る食事を楽しみに待ってくれているという状況の中で、てきぱき料理を作る幸福感。この雰囲気が私は好きだなあ。
ことのほか、私が作った11品の料理をお父さまもお母さまもお嬢さまもSさんも喜んでくれた。盛り付けられた食器は、全部お母さまがこれまでに集められたもので、料理を器が惹きたててくれた。食事のとき、お父さまは食事に合ったとっておきのワインをふるまってくれた。食後には、これまた特別な食器で、ケーキとコーヒーを頂いた。私は彼女の家の近くにホテルを取っていたが、お父様は、「今夜は泊っていきなさい。」と真顔で言ってくださった。翌日は、Sさんが私のために、六甲山麓の散策コースをプランして実行してくれた。当日までの間にお嬢さんとシミュレーションまでしてくれたというのだ。夙川沿いを歩き、越木岩神社へ。新緑まぶしい中Sさんとの散策は心底ごきげんになれた。彼女とお嬢さんが計画を練ったうえで誘ってくれたというそのお心持が嬉しく、彼女が先に歩くのを、あとから一歩一歩かみしめ・踏みしめながら歩くなんともいえないワクワクさと楽しさがある。昼食は芦屋川沿いの閑静な住宅地にあるイタリアンレストラン。お店のコンセプトは、「寛ぎ感と非日常の贅沢感を兼ね備えた至福の時間を」ということだそうだが、まさにその感覚を覚えた。味わいのある食事を頂きながら、Sさんと気ままにありのままにそして、未来のことも語る対話。食後は、タクシーで六麓荘界隈を一回り。タクシーの運転手さんがさながら観光ガイドさん。ふつうは聞けないような、芦屋の住人の方々のストーリーをお聞きすることができて面白かった。午前中たくさん歩いたので、タクシーで回るという方法を考えてくれたSさんの散策のデザインにも脱帽。
この二日間の体験。ごきげんな体験。いったい何がそのようにさせてくれたのだろう?
2012年6月に行われたJ-SOL5の際、イギリスのマーク・マカーゴウ(Mack Mckergow)博士は、「ホストリーダーシップ」という概念を私たちに紹介してくれた。「ホスト(亭主)というのは客人、あるいは友人、敵やよそ者までをももてなす役割を負った人です。世界中のあらゆる文化においてホスピタリティー(もてなし)の伝統は重要な位置を占めています。ホストとしてのリーダーというメタファーは奉仕者としてのリーダーという考え方をさらに一歩すすめたものと言えます。そしてしっかりと大地に根を生やしていながらも革新的である新しい。(中略)このメタファーはある意味古くて新しいのです。ホストの主要な役目とは客人を迎え入れ、歓待することですが、これは人間社会であればどの文化においても絶対に欠かせないものです。近代社会ではホストというのはウエイターやテレビ番組の司会者を連想するようになってしまいました。しかし、人を招待し、歓迎し、安全を確保する責任を負いながら彼らのニーズに応えようとするホストの姿は、様々な次元でリーダ-シップを考察する場合に参考になるものです。」(J –SOL5 大会パンフレットからの抜粋)
マカーゴウ博士がリーダーシップの一つの形として、それまで世間で提唱されてきた、「人々を圧倒的な脅威から救うヒーローとして存在するリーダー。これは古代ギリシャよりさらに古い時代から存在するリーダー像」や「奉仕者(servant)としてのリーダーというまったく違ったタイプのリーダー像」のほかの第3のリーダーシップスタイルとして「ホストリーダーシップ」を提唱なさったその背景は、おそらく人にとっての親和性が高く、人々が心地よくホストリーダーシップを施す人にも施される人にも受け入れられる意義・価値を感じたからこそなのだと思う。
あの二日間に特別な心地よさが存在したのには、「ホスト精神」というものが関わっているのではないかと思う。SさんとSさんのご家族が私に示してくださった「ホスト精神」と、私が思いを込めて選んだ食材で料理をした「ホスト精神」との融合が、宝物のように特別で輝きを放つ時間に換えてくれたのではないか。
人を自分に迎え入れるために、相手を思い、心を込めて考えて行動する。日々の生活や仕事において、「ホスト精神」を盛り込んでいれば、必ずやそこにはごきげんな日々が実現する。そう心に刻んだ2023年の5月でありました。
渡辺さんへ
『旬の食材を生かし自家製の野菜や米・豆そして川魚やキノコなど地場産の食材を使用しお客様に喜んでいただけるよう、心を込めてお作りしております。』
これは群馬県片品村にある「旅館みやま」のホームページ・料理案内のコピー。短い言葉の中に宿や村の魅力とともにお客様への真心が真っ直ぐに伝わってくる。
ご存知の通り、旅館みやまは渡辺照子さんのご実家。旅人をもてなす場で生まれ育った彼女であるならば・・・と今回のコラムにも素直にうなづける。いや、それ以上に相手の真心を敏感にくみとることができるからこそのハーモニー。Sさんとそのご家族にも拍手を送りたい。
今回はこれまで。コラムからはコメントニストにも手が出ないほどの心地良さが伝わってくる。青春真っ只中、彼女の人生の折り返しはまだ先ようだ。
おっくん
おっくん、コメントをどうもありがとうございます。
実家の宿のホームページを訪れてくださったのですね。
おっくんが書いてくださったこのコメントを、現在宿を経営している姉に見せたところ、
満面の笑みを浮かべて嬉しそうな表情で、「ありがたいねえ。」と言いました。
おっくんのコメントを拝読して気づいたことがあります。
「この二日間の体験。ごきげんな体験。いったい何がそのようにさせてくれたのだろう?」
の問いの答えとして、ブログの中では、「SさんとSさんのご家族が私に示してくださった『ホスト精神』と、私が思いを込めて選んだ食材で料理をした『ホスト精神』との融合が、宝物のように特別で輝きを放つ時間に換えてくれたのではないか。」という私なりの考えを記しました。その考えは変わらないのですが、何が私をごきげんにさせてくれるのかということの正体が何かということを、おっくんのコメントから見いだしました。
それは、
「ハーモニー」
です。そうです、私は自分の関わりと、相手や複数の人々との間に、
「ハーモニー」の存在を見出した時、こよなくごきげんになるのだな。
ということがわかりました。
おっくんのコメントから、また一つ自分を知ることができました。
いつもお心にかけてコメントを頂けますことに、
感謝の気持ちでいっぱいです。
おねえさんに届けてくれたんですね。
こちらこそ、こちらこそ。
渡辺さん、ご無沙汰しております。
ブログを拝読し、お互いがお互いの気配りを快く受け入れて、その気持が通じ合っていく様が目に浮かぶようで、読んでいるこちらも暖かい気持ちになりました。
渡辺さんは初めてのお宅に訪問し、勝手の分からない台所で、あえて群馬から入念に準備した食材を使っての手作りの料理11品。奥様やお嬢様から「渡辺さん、これおいしい!どうやって作るの?」「あはは、これは群馬で採れた○○をですねえ。・・・・簡単ですよ。是非作ってみてください。」笑いの絶えない至福の夕食会。そこには渡辺さんとSさんとの信頼関係があったからこそのなせる業だと感じました。
そして、ご主人が初めての客人に対して「今夜は泊っていきなさい。」と真顔でおっしゃったのも、出来ることなら渡辺さとご家族とのこの楽しい時間をもう少し一緒に過ごしたいと心から希望されたからだと思います。きっと渡辺さんの初対面の方でもいつのまにか自分の垣根を取り払ってしまう気さくで人懐っこい人柄がそうさせたのだと思いました。
夙川と言えば大きな邸宅が立ち並び、高級車が行きかう街で有名ですが、こちらのご家族のようにさりげない心遣いでおもてなしをするセンスが何とも恰好良いし、六麓荘のタクシーでのナイツアーと言った普通なかなか思いつかない洗練されたSさんのデザインには本当に脱帽ですね。お互いがお互いをリスペクトし合う関係の中で、限られた時ではあるが幸せな時間が流れていく。宝物のような輝きと言う意味がとても良くわかりました。
豊村
豊村さん、こちらこそご無沙汰いたしております。コメントを頂きどうもありがとうございます。
豊村さんのコメントを拝読している最中と読み終えた時、受け止めていただけたという
思いにおおいに満たされました。思い入れを以って記したことを見事にキャッチしていただけました。以下のようなところです。
・お互いがお互いの気配りを快く受け入れて、その気持が通じ合っていく様が目に浮か
ぶよう
・勝手の分からない台所で、あえて群馬から入念に準備した食材を使って
・笑いの絶えない至福の夕食会。そこには渡辺さんとSさんとの信頼関係があったから
こそ
・出来ることなら渡辺さんとご家族とのこの楽しい時間をもう少し一緒に過ごしたいと
心から希望されたからだと思います。
・こちらのご家族のようにさりげない心遣いでおもてなしをするセンスが何とも恰好良
い
・普通なかなか思いつかない洗練されたSさんのデザインには本当に脱帽ですね。
・お互いがお互いをリスペクトし合う関係の中で、限られた時ではあるが幸せな時間が
流れていく。
上記のようにたくさんあります。ここで思い出すのが、豊村さんが実践コースにご参加なされたときに取り組まれた、出向先での実践です。体育会系の職場に、柔らかさや配意をもたらされたあの実践。豊村さんはじっと目の前のことに向き合って、対峙し、繊細なセンスを作動させ、深く洞察し、その結果をアウトプットなさる。私のブログに対するコメントからもまさにそのようなご姿勢を感じます。
そして、台所の描写のところに、「勝手」という言葉をもってくるユーモアのセンスも同時に持ち合わせておいでです。しびれるな~♬