SF伝道者の四方山話 No.19 青木安輝

”SF inside”な組織のイメージ

昨年10月の「SF伝道者の四方山話」第13 話で、廿日市市役所の「人材育成基本方針」改訂にあたり、「ソリューションフォーカス手法の活用」を重視する内容が盛り込まれたことをお伝えしましたが、今度は雑誌に関連取材記事が掲載されることとなりました。

4月に大阪ガスの企業内研究所である「エネルギー・文化研究所CEL(Research Institute for Culture, Energy and Life)」の主席研究員・鈴木隆さんから取材の打診をいただきました。「人と組織が変わる―生命論、精神療法を手がかりに」という仮タイトルの特集の中で、「解決志向で組織は成長する―マネジメントの現場から」という内容の記事を挿入したいとのこと。理論的な話ではなく、現場の実際(リアル)を取材したいとのことでしたので、僕が以前から継続的かつ組織的にSF研修を提供してきた3社を候補にあげたところ、廿日市市役所が選ばれ、先日同市役所にて職員の方々と私が一緒に取材を受けました。

「ソリューションフォーカス(解決志向)」を職員研修として導入することに尽力された村上部長、それを継続定着させることに注力されてきた能島調整監、そして「自らが未来を切り拓くSF実践研修」の受講者でコロナ前からリモート会議システムの導入を提案してきた若手の山根主任主事と一緒に、10年以上に渡るSFと廿日市の歴史を振り返りました。(写真左から、村上部長、青木安輝、能島調整監、山根主任主事: 写真はCEL誌提供)

特集全体は組織開発がテーマですが、「生命論、精神療法をてがかりに」というユニークな視点からの記事で、他にも取材対象はいくつもあるようなので、どのような文脈の中でSFと廿日市市役所の取り組みが紹介されるのか、どのくらいのボリュームの記事になるかは現段階では全くわかりません。どきどきワクワクしながら、情報誌CEL9月号の発刊を楽しみにしているところです。記事公開後はCEL誌サイトで読めるそうですので、URLはあらためてニュースでお知らせいたします。

一緒に取材を受けた廿日市市職員の方々とはもう長年のつきあいになりますが、あらためて取材ということになると今まで聞いたことがなかった個人的な想いなども聞けて感慨深いものがありました。まず、村上部長が取材のために作成された「SF活用によって目指す組織の在り方」を説明する資料を紹介します。

村上部長は市町村合併で小さな町役場からより大きな市役所に吸収された側の立場、また労働組合の書記長の立場なども経験されて、組織の中の色々な人との繋がりを大事にしてこられた人間関係づくりの達人です。職員やチームがどういうきっかけでやる気をなくしていくのか、逆にやる気を増していくのか、その原因となる事象を色々と体験したり、世の中の変化が行政に及ぼす影響を肌身で感じてこられました。その中で、自治体組織はこうあるべきだというイメージは持っていたそうですが、どうやってそれが実現できるかの道筋はなかなか見えてこなかったそうです。そんな時、自治体職員向けの研修所(JIAM)でSF研修を受講したことで一筋の光明を見出されたようです。「もしかするとこの考え方をうまく庁内に広めることができれば・・・」、この図の右側の「目指している姿」を実現する方向に組織が変化していくのではないかと・・・。

能島調整監は「お互いの悪いところを見る、お互いの良いところも悪いところも見る、お互いの良いところを見る」という3種類の人間関係の在り方の中で、「お互いの良いところを見る」ができたら最高に良い組織ができるはずという想いを以前から持っていたそうです。そして、人事課に配属されてソリューションフォーカス研修を担当することになり、その内容に触れたときに「自分が思っていたことはこれだ!」と思ったそうです。その後、これまで様々なレベルのSF研修をサポートしてくださり、人材育成基本方針に「ソリューションフォーカス」の文言を入れることにこだわってくださいました。

しかし、SF研修を受講してその考え方に共鳴する職員が増えたとして、行政組織の中でそれがどのような形で成果として現れてくるのかを見定めるのは非常に難しい課題です。そこで能島さんは下記の資料を提示してくださいました。

これは下記の6つの設問で職員の意識調査をした結果を時系列グラフにしたものです。「肯定回答率」というのは、「いくらかそう思う」以上の肯定的回答が全回答の中に占める割合のことです。

問1 あなたの組織の会議では議論が活発に行われていますか。

問2 あなたの組織の目標は経営方針を反映して作られていますか。

問3 あなたの組織の経営理念や経営方針はわかりやすいと思いますか。

問4 職員一人ひとりが戦略や目標達成のために自分の役割を認識していると思いますか。

問5 あなたの組織では仕事のしくみやシステムが日常的に見直しをされていると思いますか。

問6 あなたは仕事にやりがいを感じていますか

これらの質問では、職場で効果的なコミュニケーションが取れているか、目標に向けて前向きなマインドセットでいるかが問われているわけですが、ここ10年ほどは上がり基調です。これがSF研修を導入してきた年月と重なるので、明快に証明はできずとも何等かの好影響があったのではないかと判断しているそうです。

この10年余りで累積900名余りの方がSF研修受講済みで、複数回受講者や退職した人の数を差し引いたとしても、約1,000名の職員の内7~8割はSF研修を受講しているので、「ソリューションフォーカス」という言葉自体はかなり浸透しているようです。先日も管理職の方が議会答弁の中で「ソリューションフォーカス」という言葉を使用していたとのこと。ソリューションフォーカス(またはSF)と言う言葉で、悪いところばかり見るのではなく、前向きに考えて行動していこうというニュアンスが共有されつつあるようです。

山根主任主事のことは僕のブログ13 号記事の中で「Yさん」として「自らが未来を切り拓くSF実践研修」で取り組んだことの内容を紹介させていただいたので、ここでは省略しますが、前例踏襲ではなくもっとこうすれば役所は良くなるという視点で果敢に課題にチャレンジする気概を持ってらっしゃる若手です。SF研修の中では、たとえすぐに実現できなくとも、思い切って挑戦することの気持ち良さを体験できたと話してくださいました。

その山根さんが取材後にくれたメールにこう書かれていました。「取材の最後のところで、青木先生が『ソリューションフォーカスという言葉が無くなるくらい当たり前にSF的に考えたりコミュニケーションをとったりしているというのが最終形なのではないか』と言われていたのがとても印象的でした!」

そうなんです!本当にそうなって欲しいと思います。ルールで縛るのでもなく、理屈で押し通すのでもなく、はたまた特定のテクニックとして矮小化されてしまったり、一時的なキャンペーンを張った後に消え失せてしまうのでもなく、結果として多くの職員が「ここで一緒に仕事をしていると何となく前向きになっちゃうんだよなぁ」という感覚になっているような状態!

この話をした時に、村上さんは「だから私もSFをなるべく目立たせ過ぎないようにと心がけてきたんです。」と語り、能島さんも大きく頷いておられました。機械はスイッチを入れれば特定の動きをしてくれますが、人間はスイッチを入れようとすると、かえって逆の方向に刺激されてしまったりします。組織はorganization……ということはまとまりのある有機体なのですが、その構成員は独立した自由な個人(individual)でもあります。有機体全体の目的に合致するような行動様式を個々に促すには、大いに敬意を払い、本人の意思が伴う必要があります。最終的には人間の心は外部からコントロールし続けることは不可能ですから。「それはダメ」というNOでコントロールすることは必要な場面も多いですが、「それいいね!」というYESで共鳴し合うことを大切にすることで、自発的な連携感を増やすことが組織を強く柔らかくする。そんなイメージを僕は村上さんや能島さん、山根さんたちと共有してきたんだなとあらためて認識しました。

以前は「“SF inside”な組織」というのはSFを意識的に浸透させるような「仕組みやルール」が色々設定されていることで、解決志向でものごとを捉えたりコミュニケーションを交わすことが促されるイメージを持っていました。でもね、旗を立ててしまう(明示的に「SFしよう!」等と促す活動等)と、変に意識的になり過ぎたり、反感や疑問を持たれる可能性があるんですよね。「気がついたら・・・していた」とか、「なんとなく」がキーワードとなり”良い加減“にポジティブなコミュニケーションが多く交わされているという、そんな曖昧さに包まれた状態が実は価値があるのではないか、と今は考えています。ただ、その意味ある”なんとなく“は、そこに価値を見出せる人たちがある程度の割合でコアグループとして存在している場合に効果があるわけで、そういうコアグループを形成できるか否かが”SF inside”組織をつくれるかどうかの境目なのだろうと思います。これは計画書をつくればできるものとは違って、相当な難関かもしれません。でも廿日市ではそれが可能になりつつあるのだと思いたいですね。

CEL9月号の記事が楽しみです♪

SF伝道者の四方山話 No.19 青木安輝” に対して5件のコメントがあります。

  1. おっくん より:

    青木先生へ

     いゃ〜今回もワクワク満載に万歳です! 切り口が沢山あって何からどう書き出そうか迷い中。ですから小刻みなコメントになりそうですがお許しを。さあ、崇高なる言葉の旅が始まるぞ!

    SFのひみつ①
     主題からそれますが、まずエネルギー・文化研究所CELの発行する「CEL」なる雑誌。雑誌というには勿体無いくらいの情報誌。送迎の合間にスマホの小さい画面で覗き見しただけなのにワクワク感が伝わってくる。
     以下は雑誌CELのイメージ的印象であるが、特に写真で炙り出される人物が超魅力的に見える。概念や理論でなく人物そのものや、その人が創り上げる生の世界に光を当てているのか、記事のタイトルを読むだけで読者を価値創造に誘い、読者の「内なる可能性」をも示唆していように思えてくる。
     リアルに拘るのも頷けるし、そんな真実を見抜く眼を持った研究室の方々だからこそ実践を根本とするSF伝道者、青木安輝氏に辿り着くのは当然かも知れない。
     さあて、鈴木主席研究員の見つめるSFの世界はどのような輝きを放つのだろうか。9月が待ち遠しい。  つづく

    1. 青木安輝 より:

      おっくん、コメントありがとうございます。「崇高なる言葉の旅」!!おっくんの場合、「崇高」だけじゃなくて、「ユーモア」「人間味」「軽快さ」「意外な視点」「鋭い視点」などいろいろ含まれてますよね♪つづきを楽しみにしています。

  2. おっくん より:

    SFのひみつ②

     人が物事を肯定的に捉えることができる要因を最近のブログから拾い出すと・・・「安心」や「信頼」、その人らしさを「尊重」するというキーワードが浮かんでくる。渡辺さんの「ホスト」のお話はその総集編。ここではそれらをひと言で「安全性」としたい。

     小林さんのチームのように少人数の組織と廿日市市役所のような1000人規模の組織を比べた場合、目の届き方や変化への気づきに違いがあったり、影響が出るスピード感の違いは容易に想像できるけれど、人が変化を受け入れるベースに「安全性」が必要であることは同じである。

     そこで能島さんのグラフが示す”意識やコミュニケーションの向上”のベースにも必ず職場や周辺の人間関係における「安全性」が好循環で働いていると思われる。特に波風強いであろう最初の4年間の変化が大きく、その後も安定しながら熟成されているように見えるのは、確実に村上さんの「目指している姿」に向かっているようで、3人の笑顔が見えるようだ。
      つづく

    1. 青木安輝 より:

      おっくん、「SFのひみつ」を教えてくれてありがとうございます(笑)。

      最近ね、起こった色々なことを言葉で「くくる」ことの限界を感じています。物理法則のようなものは、起こった事象に対して「これを~の法則という」みたいにくくりやすいけど、人間のことって「組織」って言葉一つとってもその「実体」はとても多様だし複雑だし、ましてや「組織というものは~である」みたいな言説は、あてはまる場合よりもあてはまらない場合の方が多いような気がしています。

      だけど、個々のコミュニケーションの現場ではこれからどのように話をしようかと考えるときにSF的な言葉で「くくった」意識があることはとても役に立ちます。でもその結果起こることを組織全体にあてはめて総体的に語る時には、どうしても単純化された陰にうもれてしまう色々なことがありすぎて、「本当はもっと複雑だし、単に運がよかった(悪かった)だけなんだけどなあ」みたいに思ってしまいます。

      美談や成功体験として単純にまとめてしまいたい誘惑はいつでもあるけど、実体ってのは実は言葉にならないんじゃないかなぁ。

      おっくんのコメントを読んでそんなことを思いました。

  3. おっくん より:

     なるほどです。さまざまな現場のさまざまな人を見てらっしゃる青木さんならではの気づきなのかなあって納得させられます。私なんかすぐに組織という単位でとらえてしまいがちですが、組織内で起こっている出来事はそれを構成している個々の存在や変化を抜きにして語ることは出来ないですね。確かに冷静に自分の職場を見渡してみると十人十色の個人個人の顔が愛おしく浮かんできます。ありがとうございました。

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