「明日からやってみようかな♪」と思えるSF流シンプル面談 No.3 諏訪太郎
「教えない教育」が部下の未来を創る
パートスタッフの鈴木さんが、下を向いて私のところにやってきた。全体から負のオーラが漂っている。こういう時は、たいてい悪い話をされる。
「また、ミスをしちゃいました……」
鈴木さんはうつむきながら、聞き取れないぐらいの小さな声で話し始めた。
私は「またか!」と思った。なぜなら、今月に入って3度目のミスだからだ。1回目はお客様の名前を聞き間違え、2回目は売上金額の記入を忘れ、今回は書類の日付を間違えたのだった。
「なんで、間違えちゃうか自分でも分からなくて……」
一番ショックを受けているのは本人だった。「なんで、こんなミスをしたのだろう」と悔しい思いをしたかもしれない。「同じようなミスが起こったらどうしよう」と不安な気持ちを感じたかもしれない。そんな思いから鈴木さんは、仕事に対する自信を失いかけているように見えた。
私は鈴木さんに、仕事に対する自信を取り戻して欲しかった。私に何が出来るだろうか。色々と考えたが、アドバイスをするぐらいしか思いつかなかった。そこで私は「終わったら確認するようにしたらどう?」、「お金に関する仕事をしているときには、他の仕事は頼まれてもしないようにしたらどう?」と具体的にいくつかのアドバイスをしたのだった。
話を聞いてもらい、応援されたことでホッとしたのか、話が終わるころには鈴木さんの表情は明るさを取り戻しつつあった。「次はミスをしないように気をつけます!」と言うと、鈴木さんは職場に戻っていった。そんな鈴木さんの様子を見て「もう大丈夫だろう!」と思っていた。が、そう上手くはいかなかった。
「また、ミスしちゃいました……」
2週間ほどたって、鈴木さんが暗い表情で再び私の所にやってきた。書類の日付を間違えてお客様に送ってしまったのだ。前回、あれだけ色々なアドバイスをしたのに、2週間もたたないうちに同じ間違いをしたのだ。
「2週間前にアドバイスをしたのに……」
私の中に怒りがこみ上げてきた。そんなに難しいことは要求していない。なぜ、それが出来ないのだ。考えれば、考えるほど怒りの感情が広がっていく。その怒りを収めたのは、たまたま目に入ってきた鈴木さんのうつむいた横顔だった。申し訳なさそうな、自信のなさそうな横顔を見ると我に返った。俺が怒っても何も始まらない、と。
私は上司として、鈴木さんに何が出来るだろうか。アドバイスだろうか。いや、アドバイスは前回もした。同じアドバイスをしても変わらないだろうし、前回以上のアドバイスは思い浮かばない。他に何が出来るのか。色々と考えてみたが、良いアイデアが浮かばなかった。
そこで私は「どんなことをしたらミスがなくなると思う?」と、鈴木さんの意見を聞いてみようと思った。鈴木さんは何も言わずに考えていたが、しばらくしてこう言ったのだった。
「日付を間違えないようにカレンダーで確認してから書類を作ろうとしていたのですが、近くにカレンダーが無かったのです。探しに行くのも面倒だから、ついつい見ないで日付を書いてしまいました。明日からはカレンダーをポケットに入れて、仕事をするようにします。」
この言葉を聞いて、私は恥ずかしくなった。なぜなら、鈴木さんのすべてを知っているかのようにアドバイスをしていたが、鈴木さんの事を全く分かっていなかったからだ。そして、同時に驚きもした。それは、鈴木さんの考えた改善策がとても良かったからだ。
もしかしたら、今まで部下にしてきたアドバイスの多くは、部下にとって的外れなアドバイスだったのかもしれないと思った。現状を一番分かっているのは当事者の部下だ。その部下が自分で考えた改善策の方が良いに決まっている。それなのに、上司の私が意見を言うことで、部下の考えを潰していたのではないだろうか。
そんなことを考えていた時に、「教育」について聞いた話を思い出した。教育とは「教える」と「育てる」と書く。それは基本的なことを「教える」ことから始め、基礎が出来るようになったら部下を「育てる」ことに変えていく。「教えて」、「育てる」から「教育」と書くのだそうだ。
鈴木さんとの出来事があってから半年、私は「教育」を意識するようになった。部下に「教える」必要がある時にはきちんと教え、「育てる」ことが必要な時には教えずに、部下の意見を尊重して見守るようにしたのだ。
でも「育てる」ことは想像以上に大変だった。部下は成功するよりも、多くの失敗をする。だから、時間をかけて一緒に悩んだこともあったし、お客様のところまで一緒に謝りに行ったこともあった。「私がやっていればこんなことにはならなかったのに」と思ったことも何度もあった。そんな時に部下たちが、それらの失敗を通じてどんどん成長していることに気がついた。積極的に提案してくるようになっていることに気がついた。
今ではそんな部下たちの成長をみることが、私の一番の楽しみに変わった。
「教えない」ことで一番成長したのは、私なのかもしれない。
自分の中で怒涛のように湧き上がる「介入」モードにブレーキを掛け、溜めをとって、部下の考えを促す。名優の演技を、観ているようです。
柴田さん、コメントありがとうございます。
また、OKメッセージをありがとうございます。
年を取るごとに、「介入」したいモードが強くなり、
いつも自分自身と戦っております。
その戦いに勝つと、自分の知らなかった新しい部下に出会える
素敵な瞬間が待っています。
これからも、様々な名演技を演じることが出来るよう楽しんでいきたいと思います。
諏訪さんへ
こんばんは。
いよいよ梅雨も明けそうですが、空からの
豪雨ゲリラにはやられてませんか。私もニュースで
見るような冠水の中を走ることになってしまい、
妻には平気を装いましたが、内心はビビりました。何事もなくてよかった〜!
部下という存在を持ったことのない、
しかも責任感というプレッシャーに弱い私に
とっては真似のできないコラム記事でした。
人の上の立場に立つご苦労に頭が下がります。
コラムを拝読して思ったことが二つあります。
まず、これは私が定年後にパートという立場で
再就職してから感じたことなのですが、パートとは
組織上とても大切な仕事を任せて会社を支えて
もらっているはずなのに、立場上や経済的には
とても弱いように感じました。最悪の場合、仕事が
なくなることになればすぐに生活に影響すると
したら上司の評価は気になるのかもしれません。
もうひとつは、今回の育てるというテーマに、
前回のコラムの気づいてあげるをプラスすれば、
パートの鈴木さん(たぶん仮名)の自信を
取り戻していく姿を想像できて嬉しくもあります。
職場って大切な人間形成の「場」なんですね。
私も頑張ります。ありがとうございました😊
谷奥さん、コメントありがとうございます。
テレビで見るような冠水の中を車で走られたんですか?
何事もなくて本当に良かったです!
そんな中走ったら、絶対にビビりますよね(笑)
パートさんの立場からの素直なご意見、ありがとうございます。
とても参考になります。
谷奥さんが言われるように、パートさんは様々な立場が弱い分、生活に関わってくる上司の評価は重要なに考えているんだなと、改めて感じました。
だからこそ、上司のことを気にしない環境を作ってあげてたいなと思いました。
社員よりも仕事が出来て、しかも、重要な仕事を任されているパートさんもいっぱい見てきました。
だからこそ、1人1人に感謝の気持ちをもって接していきたいですね。
「教育」に「気づく」をプラスするって、すごくいいですね!
相手のちょっとしたことに「気づき」ながら、「教育」を進めていくと、
相手が安心して成長できるイメージが私も出来ました。
私も、意識しながらチームのみんなと接していきたいと思います。
素敵な気づきをありがとうございます。
諏訪さんへ
「上司のことを気にしない環境を作ってあげてたいな」
僕の職場の上司にお迎えしたいです。是非、是非。
谷奥さん、ありがとうございます!!
ぜひ、谷奥さんの職場に転職させてください(笑)