SF伝道者の四方山話 No.1  青木安輝

SFはJAZZ!?: 95%の即興と5%の構造

このブログシリーズの第一号記事なので、少し長くなりますが、僕がこのブログを始めたいと思ったきっかけのエピソードとそこから考察したことを書いてみます。

目次

「あれ、このメモ何だっけ?」

「SF伝道者として『ひっかかって』いたこと」

「シンプルでミニマル(最小限)だから良い!」

「95%の多様な”即興”を味わいながら、5%の軸を確認する」

「あれ、このメモ何だっけ?」

昨年の秋のことですが、古いノートを整理処分していたら「Jazz = 95% impro. 5% structure」というメモが目に飛び込んできました。前後に他に何も書かれていなくて、ただの断片だったのですが、なんだかとても気になりました。しばらく眺めていたら、これは確か2013年頃に英国のチェルトナムという街でAlex Steeleさん(*)が開催した「SF & JAZZ」というユニークなセミナーの中で聴いた言葉だったはず、と記憶が蘇りました。しかし彼がどんな文脈でその意味を説明したのか、自分がそのメモをどんな感慨や洞察をもって記したのかはまったく思い出せませんでした・・・。ところが、しばらくこのメモの意味あいを考えている内に「そういうことか!」とひらめくものがありました。

 (*)Alex Steeleさんは、SF理論家のMark McKergow博士の友人で、ジャズ・ピアニスト&SF組織コンサルタント。

その“ひらめき”とこのメモの意味合いの関係が正しいかどうかを確かめるべく、AlexにZOOMでおしゃべりしたいと連絡したところ、彼は喜んで応じてくれました。そして「JAZZ演奏においては、5%があらかじめ共有された約束事(構造)で、あとの95%は自由な即興である」という彼の説明をあらためて聴くことができました。そして、5%というのはデータや計算に基づいた数値ではなく、そのくらい少ないということを強調するために、彼が”即興“で言った数字だということが確認できました。

「SF伝道者として『ひっかかって』いたこと」

実はこのメモからの“ひらめき”によって僕は救われた感覚がありました。SF伝道者としてずっとひっかかっていたことが、自分の中でスッと溶け始めたのです。

そのひっかかりとは、講師としてSFに関する一般論的説明はうまくできたとしても、個別の状況における応用法は具体的条件等が様々に異なるので自分で考えてくださいと“お願いするしかない”という微妙なうしろめたさでした。コミュニケーションのパターンを類型化して、Aの場合はXをすれば良い、Bの場合はYをすれば良いと処方箋をいくつか並べることは可能です。しかし、自分がその類のものを見るときに感じるのは、「ここに書かれてない条件が色々あるのに、無理やりどれかにあてはめろと言われてもなぁ・・・」というある種の切り捨てられ感でしたから、あまりそういう方向に行きたくないと思っていました。

もちろん類型化が役立つこともあるし、1on1など条件をかなり想定しやすい場面に限ってみれば余計にそうでしょう。しかし、僕は製造業とかコーチングとか業種や形態が明確に分類可能な専門分野をもっていないので、SFコミュニケーション応用場面を類型化しようと思うと、想い浮かぶ領域が多岐に渡り過ぎて焦点が絞れず、結果として自分で類型化することはあきらめました。で、多くのSF実践者の皆さんの実例を紹介することにしました。そして、「これらの中から参考になるものを見つけてください」という戦略を取ったのです。

だから僕のSFセミナーで伝えることは、とてもシンプルな基本理論と他の皆さんから集めた実践事例です。それは有効なやり方でしたが、SF伝道者としてはこの理論部分をさらに精緻なものに進化させて、それを適用するだけであらゆる場面が解決につながる完璧なものにする責任があるのではないかという強迫観念が、いつも頭の片隅に巣食っていました。

「シンプルでミニマル(最小限)だから良い!」

ところが、この「Jazz = 95% impro. 5% structure」というメモを眺めていた時に、「!」とひらめいたのは、「むしろそういう精緻化を試みずにシンプルなままにしておいたからこそ多くのSF実践者の素敵な“即興演奏”が生み出されたのではないか」という発想でした。Jazzの場合は、約束事が5%と最小限であるが故に、演奏者の能力と音楽センスがそれに乗って自由に活かされるわけです。ソリューションフォーカスの場合は、シンプルなコミュニケーション・テンプレート(型)が提示され、SF実践者がその型に合わせて思考法や人間関係をとらえ直す時に、それまでの人生経験や個性が総動員される形で活かされます。素晴らしいSF活用事例を発表された方にインタビューすると、最初は「青木さんの本に書いてあった通りにやっただけですよ」なんて言ってくれる場合でも、よくよく話を聞くと、確かに本に書いてあることを枠組みとして活かしているけど、その中身を埋めている95%は例外なく本人の人生経験から学んだ知恵と、もともと持っているセンスであることが判明します。

では、SFの「重要度」や「貢献度」は5%しかないのか?いいえ、そんなことはありません。Jazzプレーヤーがいくら演奏能力とセンスがあっても、一緒に演奏する人との約束事なしに音を出したらただの独りよがりですよね。「キーはFね」とか「テーマメロディはこれで」とか「リズムはこんな感じで」と確認するのは、ほんの短い時間ですが、それによって各人の個性的で自由な演奏が可能になります。コミュニケーションにおいても、ただ自由に話すだけではなかなか目的を達成しないかもしれませんが、「ここはソリューションフォーカスでいこう」と決めて、最小限のポイントを自覚することで方針が決まるので、言葉選びや声のトーンやその他具体的なやり方の部分はそれに則って安心感をもって個性的に表出することができます。その「土台がある」という安心感が貢献する度合いが高いからこそ(何%とは言えませんが)、目的に向けて自分や関係者のリソースを効果的に引き出す工夫がしやすくなると考えるとスッキリしました。「ひっかかり」解消です。

「95%の多様な”即興”を味わいながら、5%の軸を確認する」

上記のように機能するためのコミュニケーションの土台としての約束事(構造)は、厳密なものになり過ぎては自由度がなくなり、多様な人の個性を発揮させる土台にはなり得ません。状況に応じて色々な解釈を許す懐の広さを持ちながらも、ある方向を指し示す軸の太さ(強度)が必要です。SFはコミュニケーションの5%だけど、それがあることであとの95%が効果的に活かされる可能性を高める。そう考えると、「セミナーで教えられることはコミュニケーションの5%の軸の部分だけ。だからあとの95%は自分にとってしっくりくるやり方で“勝手に”工夫して独自のカバー曲に変えて楽しんでねえ。」自分はそう呼びかけているのだと思うと、なんだか楽しくなりました♪そして、自分なりのSFがうまく機能したと思うことがあったら、その実践体験をシェアし合うことで学び合って、さらに「自由度は高く軸は太いSF」がSF実践者のコミュニティーの中に定着していく。そんなSFコミュニティーがこのブログとそのコメント欄を通じてできていくことを願っています。

もしかすると、この記事の中に書いたことは「青木さん、前から同じこと言ってましたよ」と思う方もいると思います。確かに以前書いた文章を見ると似たことを書いています。だけどね・・・同じセリフを言う時の息の深さが違うんですよ(笑)。

さて、このブログシリーズでは、これから4名の執筆者がそれぞれの個性とセンスでSF実践にまつわる自分の体験や想いについて書いていきます。多分95%の方が目立つでしょう。皆さんは、ぜひそこから5%の構造(軸)を見つけてください。そしてそれを自分なりに解釈して応用してください。そんな類のコメントがいただけたら、もう最高です!

「あなたの言ってることはよくわからない」「私は違うと思う」、そんなコメントももちろんありです。SF的であるかよりも、実感と本音を大事にしてください。ぜひ皆さんと交流する場としてのブログにしたいと思っていますので、お気軽にコメントしてください。よろしくお願いしま~す♪

SF伝道者の四方山話 No.1  青木安輝” に対して8件のコメントがあります。

  1. 谷奥勝美 より:

     元ZACROSの谷奥です。川柳の時は大変お世話になりました。
    ブログを拝見して素直な気持ちを書いてみました。このような思考の交換場ができたことを
    喜ばしく思います。また自分のことを振り返る機会になればと思っております。

     最初にそうだったのかと思ったのは、青木先生のSF伝道者としての「ひっかかり」でした。
    「一般論の説明はできたとしても、個別の応用法は”自分でかんがえてください”となるうしろめたさ」だと。
    これは私だけではないと思いますが、受講者や実践者にとってこのスタンスは普通なんだと思っていました。
    ですから何の違和感もなく先生の教えを借りて実践に取り組むことができました。
     そしてこのSF方程式は万能な問題解決の近道であり、考え方はシンプルで使いやすいこと。
    一旦インストールしておくとすべてを理解していなくても使えるし、いつでもポケットにいれておけるのです。
    この「Sfinside」なところが多くの方々に支持される所以なんでしょうね。

     ではなぜ青木先生が「ひっかかり」を感じておられたのでしょうか。
    私には以前からひとつの疑問がありました。それは、青木先生御自身には問題解決を必要とされる「場」を
    お持ちだろうかと。一人の人間として当然色んな心配事は日常であることは間違いないはずですが、
    あったとしても職場はSFのプロ集団であるし、あっさりと解決されてしまっているのではなかろうかと。
    もしかしたら深刻な問題解決の「場」を感じておられない、あるいはもっと高みから物事を見下ろして
    おられるのかもしれません。(勝手な憶測で申し訳ありません。)

    伝道者として
     少々大げさな表現になるかもしれませんが、青木先生は、自身の悩みよりも他者の悩みを解決する方策に生命を削り、
    そのことに自身の生きがいを見つけ出されているのでしょうか。お金や物より心の幸せが大事なんだと教えてくれている
    ようにも思います。
     先生は受講生に楽しさを通じて希望、可能性、ワクワク感を与え、プラスの方向へと導いてくれます。
    見守り、安心感を与えることで勇気と前進する道を示してくれるのです。そして、そのことを
    通じて一人のソリューショニストが独り立ちすることを喜びとされているのでしょう。
    これこそSF伝道者の名にふさわしい生き方ではないでしょうか。
    決して「勝手にどうぞ」ではなく、ともに解決の手段を探りながら後世をも見据え実証と理論そして文章(書籍)を
    残そうとされています。偉大なお仕事ですね。

    1. 青木安輝 より:

      谷奥さん、コメントをありがとうございます!嬉しいです。

      「SF伝道者の名にふさわしい生き方」と言ってくれたこと、本当にありがたく思います。SFはアメリカ発祥の”手法”ですけど、”SF inside”が指し示すものはもっと普遍的なものだと思っています。ただ、そのinsideの中身を何と言ったらよいのかは今だに模索中です。

      問題解決を必要とする「場」をもっていないというご指摘は、ある意味当たっています。協力者は沢山いてくれても基本的に個人事業的な仕事形態なので、色々なことが自由になりますし、何があっても社員を食わせなくてならない・・・みたいな重荷は抱えていません。僕の「ひっかかり」はそういう重荷を引き受けている人たちのことをちゃんと理解できていないかもしれないという引け目に近いかもしれません。人と人のコミュニケーションをいろいろなしがらみなしに純粋にとらえて、こういう話し方をすると気持ちよくやる気が出るよね・・・と言うことはできます。しかし現実には、会社から無理なプレッシャーをかけられているとか、昔の否定的な因縁がある人と仕事をしなければならないとか、たぶん現実には色々なことがあって、コミュニケーションを純粋にとらえること自体が絵空事と思うような場面も結構あるのだろうと思います。そんな色々な困難を乗り越えるのに、SFのシンプルな考え方だけで良いはずはないと思ってしまうのですね。

      以前はそれは自分の至らなさだと思う度合いが強かったのですが、今はコミュニケーションを現実のしがらみから取り出して純粋に考えてみることができるというのは、とても重要なことであり、それを上手にできるとしたら一つの才能だと思えるようになりました。(と書いてみて、自己納得しています・笑)

      若い頃講師の仕事をしていたセミナーでは、「人生は2つのシンボルにまとめられる」と伝えていました。それは「金」と「愛」です。「金」は実際のお金だけではなく、お金で買えるもの、値段がつけられるもの、価値を計れるものなど広い範囲のモノを指します。「愛」は、お金では直接買えない、値段もつけられない他の人間との間に育まれる精神的なものを指します。人間はどちらも欲しいし、どちらも重要です。社会経済活動はつまるところ「金」に還元されるところがありますが、そのプロセスで「愛」を大事にできているかどうかで、生きてる価値が決まってくる・・・みたいに考えることはできると思います。そういう意味で、SFのシンプルなコミュニケーションの型を自分やまわりの人にあてはめてみようとする時に、「愛」という言葉に象徴される”何か”を感じることができるとしたら、それ自体がとても価値あることだと思います。それがさらに「お金」の面に反映されるとしたらすごいことだと思います。ただ、そこのところはなかなか難しいですね。

      谷奥さんのおかげで色々と考えを深めることができました。ありがとうございます!

      一つ「えっ!」と思ったところがあります。「元」ZACROSと書かれたということは、退職されたんですか?年齢的にはちょうどそういう頃ですよね。時は流れたんだなあと少しため息がでますね。第2(?)の人生はどんなことをされるのかわかりませんが、奥様とゆっくりと楽しく過ごされるのでしょうね。でもまだまだ色々なことができるエネルギーをお持ちだと思いますが、何か新しいチャレンジとかはあるんですか?機会があったら教えてください。

      お元気で!

      1. 谷奥勝美 より:

        青木先生

        おはようございます。
        目が覚めたら長文のコメントにびっくりです。
        ありがとうございます。

        伝道者をこのように捉えてみました。
        実践中心者及び参加者は問題解決の実践を通じて
        人の持っている本来のパワーや可能性に気づくことができる。
        気づいていなくてもSF的思考が正しいと理解するのだと思います。
        おそらくSF的実践は、例えば技を磨き、例えば本質を掘り起こす手段となり
        結果的に自分や組織の中に備わった
        自信や確信、仲間と言った強い生命力を
        再確認することができるのだと。

        伝道者(その意味において)とは、そのことを導き、
        気づかせる人のように思います。
        人々が強い生命力を取り戻すために
        現在のように個人主義や混迷した思想が
        対立する世には個人にも組織にも通用する
        SF方程式を示し、残すことはとても
        重要なことだと思っています。

        それが青木さんが選択された道なのだろうと。

        ご参考に
        仏教用語 十界
         人にはもともと十界の生命が備わっており、
        最高位の仏界も備わっている。
        それは他人の中にも存在している。
        だから他人を敬うことは尊いことだと。
        煩悩に覆われた生命から
        最高位の仏界を涌現するには生命を
        磨くことが大切である。

        もとより個人的解釈ですいません。

  2. シオタリョウコ より:

    先生のブログを拝見して、私が受講するたびに先生の言葉から感じる(深く共鳴する部分)の理由が分かりました。例えば…
    ・ワークの時の進行ステップが決まっているが、それに忠実にできなくても気づきの宝はある
    ・役に立つ誤解…という考え
    等など、もっとたくさんありますが…。

    私自身、学びに対して自分の経験や考えをプラスして、それをどのように熟成させるか…という余白があることが心地よいと思うタイプなので特にそう感じたのかもしれません。

    先生がおっしゃる「Jazz = 95% impro. 5% structure」。その95%を自由に自分の生きざまを投影して豊かにしていきたい!と思いました。

    また、自分のこれからの生き方についても考えました。
    自分の大切にしていること、譲れないこと、価値観など核の部分と、それに固執しない柔軟性を持ちつつ(しなやかに)生きていきたいです。

    先生のブログ、何度も読み返したくなる言葉ばかりでした。

  3. yasuteru より:

    塩田さん、コメントありがとうございます!

    僕は塩田さんが書く文章を今までアンケートの形や基本コースのメーリングリスト等で拝見してきましたが、自分の言葉をもってらっしゃるなあと感じてきました。それから、僕が言いたいことをとてもストレートにキャッチしてくださるとも感じています。嬉しいです♪塩田さんの95%の”即興”がどんな作品になるのかとても楽しみです。

    これからも何か感じるところがある言葉、意味を確認したくなる言葉等を見つけたら、ぜひコメントをよろしくお願いします。

  4. おっくん より:

    読者の皆様

    「共鳴と増幅」を読み上げ機能を使って聴き流して
    いたら、ふと浮かびました。
    取り止めもない話ですが、ご容赦ください。

    J-SOLに集まるソリューショニストは、共鳴の扉がオープンにできる人、またはできやすい場に
    身を置くことになります。
    また、多くのソリューショニストはプラスの眼鏡を
    かけています。SFを知る頃から私もそれを技として積極的にかけてきました。
    出会う以前のことは、あまり覚えてはいません。
    きっと普通に、だったのでしょう。

    技と捉えるとプラスの眼鏡をかける時、かけない時
    のようなONとOFFがあるのでしょうか?
    さらに、あえてOFFにするという技もあったと
    したら私にはできてないなあと。

    わかりにくい話ですいません。
    ご興味がおありでしたらお願いいたします。

    1. yasuteru より:

      おっくん、読者の皆さんに広く呼び掛けてくれてありがとうございます!まだコメントを読みに来る人の数は多くないかもしれないのですぐにはレスポンスがありませんけど、だんだん増えていくことを期待したいです。

      プラスの眼鏡のONとOFFは、僕の場合はありますね。自分がやりたいことを邪魔するようなことを言う人に対しては、自動的にすぐOFFになります(笑)。で、そこからその人に関わらなくてもよい場合はただ距離をとっていきますが、関わり続ける必要、良い関係でいる必要がある場合にやっとプラスの眼鏡をONにしようという意識が働きます。あと、セールスすることや自分に有利な交渉をすることが目的で近づいてくる人に対しては、意図的にOFFにします。

      子供の頃のとっても素直な時は、誰も悪い人に見えなかった無垢の心の状態の時もありましたし、今でもそのような状態に近くなる時もあります。でも、警戒心からマイナスの眼鏡をかけることもよくあります。ONとOFFの切り替えはある程度できるような気がするけど、実際には混ざっていて、状況に応じてどちらかに傾くって感じかな。

      自分以外の人を見ていると、僕よりずっと度の強いプラスの眼鏡をかけているなあと思うこともよくあるし、この人なんでいつもマイナスから入るかなあと思う時もあるし、そこも多様性の世界かなあと思います。

  5. 谷奥勝美 より:

    青木さん

     普段意識していないことをこのように
    分析してみるのも面白いですね。
    青木さんらしく、ちゃんとご自身を理解されて
    いることも流石だなあと。

     僕も投稿したあとに、「ONとOFFは自動的かな」と
    考えていました。
    スーパーのレジや銀行の受付など名札を見て
    相手のお名前を呼びながらひとこと添えることは
    意識しながらよくやることです。
    もちろん相手のことを尊重しているのですが、
    本質は?「私はあなたの味方ですよ」と
    言いながら自分(谷奥)の居場所を安全、
    快適にしようとしているのかなあと
    思ったりもします。
     若い学生さんの女性レジだと特に感度が上がるのは
    おじさんになったからでしょうか。
    家内にはすでに見抜かれてますが。笑

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