快く生きる日々 No.31 渡辺照子

私の家には、全身真っ赤なダックスフンドの縫いぐるみがいる。全長50センチ。古いのだが、今でも大切に飾っている。この縫いぐるみには、かなり長旅をした経験がある。日本を発ち、約12800キロ離れたグアテマラシテイへ飛行機で飛び、約半年滞在し、帰りは船で太平洋を渡り、日本に戻ってきた。

なぜ、彼が私どもの元へやってきたかを記すとする。

私が教員をしていたおよそ40年前、中学2年生の担任であった。生徒らは思春期真っ只中。コミュニケーションをとることに苦慮した。当時の私は若くて、23歳。中学生の生徒たちとの年齢差は、教員の中で最も近かったはず。私は彼らに、自分のことを「年齢の近いお姉さん」くらいに思い、身近な存在として感じてほしかった。実際にそういうメッセージを発信していたつもりだ。しかし、そのメッセージは2学期中盤までの8か月間、ほぼ通じることがなかった。かなりの割合の生徒たちが、反抗的だった。

生徒たちの中に、N君がいた。身長が高く、すらっとしていて、目鼻立ちも通り、運動も勉強もなんだかセンスあり。彼は、話かけたとしても、短い言葉で返してくるだけ。もの静か。表情は何かを気に入らなそうな感じ。少なくとも、私に対し、最初は素直に接しては来なかった。そんな彼のことを、私は担任になったほぼ最初から、何かを内側に秘めた、きっといずれ己の才能を開花させるダイヤモンドの原石のような存在であると感じていた。そのことを、N君にも発信していたが、そのメッセージを受け止めている風は、最初はなかった。 思春期の子供を、しかも反抗しているわが子の子育てに、母親は手をこまねくものだ。N君のお母さんも、同様であっただろう。そのような中で、私は、「N君のことを、ダイヤモンドの原石だと感じている。」ということを、N君のお母さんにも伝えていた。

真っ赤な縫いぐるみを、遠く離れた地に住む私どもに送ってくださったのが、N君のお母さんだ。私がグアテマラで出産したことを知って、お祝いにと送ってくださった。N君を担任してから5年も経っているというのに。遠い地に、わざわざお心を寄せてくださったのだ。0歳の息子は、常春の地で、そのダックスくんと、よくじゃれ合っていた。ご機嫌な様子が納められた当時の写真をみると、思わず微笑んでしまう。

真っ赤なダックスには、お手紙が添えられていた。「先生が、わが子のことを、ダイヤモンドの原石と言ってくれたことが、当時の私の救いであり、支えでした。」というくださりが記されていた。

ここまで書いてしみじみ思うのが、「君はダイヤモンドの原石」というメッセージの威力だ。N君は、担任をして半年過ぎたころから、黙っている姿勢に変わりはなかったが、まなざしが、私のことを受け入れる方にちょっと変化した。そして、ほんの時々、私よりも身長が高いため、私のことを見下ろしながら、「先生、あのさァ・・」と声変わりした声で話しかけてきてくれた。そして、あれからほぼ40年も経っているのに、毎年年賀状を届けてくれる。

「君はダイヤモンドの原石」というメッセージは、パワフルなOKメッセージなのだなと、あらためて思う。青木安輝氏のOKメッセージを表現する文章の中に、「相手に『自分のことを大切に扱ってもらえた』と感じさせる行為」というのがある。

思春期という時期は、おそらく当の本人も、自我を獲得する手前の、自らを制御しがたい中で進んでいると思われるし、そういう我が子と日々を生きる親御さんにとっても、ひと時、わが子の肯定的な未来が、見えにくくなる時でもあると思う。そういう中で、私の内側にわいてきた、対象に対する未来を見据えた肯定的捉えや、そうなると信じている在りようは、「大切に扱ってもらえた」という風に伝わったのではないだろうか。

さて、冒頭に記した、真っ赤なダックスフンドだが、グアテマラの地に踏み入る際、ちょっとしたエピソードがあった。日本から送られてくる物には、品物の価格に応じた税金が課されるのだが、中央郵便局の職員は、筆記体小文字の¥マークを、数字の7であると見誤り、私たちに、縫いぐるみ7万円相当の税金を要求してきたのには、目が飛び出るほど驚いたことが、懐かしく思い出される。

あなたにとって、「ダイヤモンドの原石」と心底思える存在は、誰ですか?

そう思っていることを、その対象に伝えたら、どんなことが起こると思いますか?

快く生きる日々 No.31 渡辺照子” に対して9件のコメントがあります。

  1. 深山敏郎 より:

    いつもながら、心温まるエピソードを有難うございます♪メリークリスマス🎄

    1. 渡辺照子 より:

      深山さん、この度もコメントいただき、どうもありがとうございます。
      深山さんのメッセージに、私も心が温まりました。
      感謝申し上げます。

      追伸:実家の屋号は、深山さんとおなじ名前なのですが、
         冬になり、辺りに雪が積もり始めて、スキーのお客様もちらほらと。
         深山さん、どうぞ好きお年をおむかえくださいませ。

  2. みえちゃん より:

    照子さん
    素敵なエピソードをありがとうございます。
    自分の息子とも重ねて、
    やさしい気持ちになりました。

    「対象に対する未来を見据えた肯定的捉えや、そうなると信じている在りよう」
    私も大切にしていきます。

    1. 渡辺照子 より:

      みえちゃん、コメントをどうもありがとうございます。
      息子さんに重ねてお読みくださったのですね。
      やさしいお気持ちになってくださったのですね。

      母の心の在りようで、子どもたちは安心や可能性などを
      抱くことができる。
      そうなんだけれど、親の方は心配が先立ちになり・・・。
      私はわが子らに、思うようにいることができないことがあります。
      それでも、子どもたちの存在を信じることをこれからも
      続けてまいりましょうね。お互いに。

  3. 豊村博明 より:

    渡辺様
    たいへんご無沙汰しております。久しぶりに投稿させて頂きます。
    渡辺さんのこの度のブログを拝読して、インスーの「理論はシンプルだけど実践はアートね。」
    と言う言葉を思い起こしました。SFの魅力のひとつに、計算された美辞麗句やお世辞等は全く必要なく、私達の身近にあって日常触れているシンプルな言葉でも、その時の相手に対する発信者の想い、相手の置かれた心理状況、言葉を掛けるタイミング、表情、言い回し等全てのことが相乗効果となって、そこから発せられた言葉は「魔法の言葉」に変化することがあると感じています。
    その際にただ必要となることは、「相手の事を大切に思う。」という気持ちだと改めて教えられました。
    「私は担任になったほぼ最初から、何かを内側に秘めた、きっといずれ己の才能を開花させるダイヤモンドの原石のような存在であると感じていた。」
    なぜあなたはそう思ったの?その根拠は何?と理詰めされることが多い昨今の中で、理由は自分でもはっきり説明できないかもしれないけれど、自分の内側の中でそう感じるものがあったから。(私の心の琴線に触れたから。)そういった嘘偽りのない純粋な自分が感じた相手への想いをこうしたシンプルな言葉で伝えられ、そこに受け手の気持ちも揺さぶられることが正にアートなのだと思いました。
    そんなアーティストなりたくてもそう簡単になれるものではないけれど、毎日が辛くて苦しい、とても肯定的な未来なんて考えられる余地などない状況下に置かれたとしても、その中にでさえ相手から「私はあなたの事を大切に思っているよ。」と言うメーっセージが伝われば、もしかしたらそこからほんの一筋の希望の光を見出そうとする勇気が自分の内側から湧いて来るのかも知れないと思いました。渡辺さん、ありがとうございました。

    1. 渡辺照子 より:

      豊村さん、コメントをどうもありがとうございます。
      豊村さんの記述からたくさん学ばせていただきて感銘を受けています。

      計算された美辞麗句やお世辞等は全く必要なく、私達の身近にあって日常触れているシンプルな言葉でも、その時の相手に対する発信者の想い、相手の置かれた心理状況、言葉を掛けるタイミング、表情、言い回し等全てのことが相乗効果となって、そこから発せられた言葉は「魔法の言葉」に変化

       ⇒魔法の言葉は、その時の事実であり、自分の内面における事実

      なぜあなたはそう思ったの?その根拠は何?と理詰めされることが多い昨今の中で、理由は自分でもはっきり説明できないかもしれないけれど、自分の内側の中でそう感じるものがあったから。(私の心の琴線に触れたから。)そういった嘘偽りのない純粋な自分が感じた相手への想いをこうしたシンプルな言葉で伝えられ、そこに受け手の気持ちも揺さぶられることが正にアート

       ⇒魔法の言葉(その時の事実であり、自分の内面における事実) ≒ アート
       
       ☆アートが届く・伝わる ⇒ もしかしたらそこからほんの一筋の希望の光を見出そうとする勇気が自分の内側から湧いて来る ← 相手の中の可能性を呼びおこせるかもしれない

      豊村さんのコメントを拝読し、味わってみての私の答えは、

      ありのままの自分の感覚を大事にして、相手へのアンテナを立て続けて、これからも生きていこう

      です。豊村さんによって、私は、希望を抱かせていただきました。
      どうもありがとうございます!

  4. おっくん より:

    渡辺さんへ

     こんばんはです。
     僕にも渡辺さんのような真っ赤なダックスフンドがいるのかなあと思いながら読んでいました。さすがに40年とはいかないけれど、ひとつ、ふたつと数えることができました。
     そんな思い出って過去の一コマなんだけど、思い出と共にその時の温もりもよみがえってくるんですね。もう終わったことなのに、相手も覚えてくれているような気がして温かくなるんです。寒い冬にはちょうどいいかもです。

     それにしても照ちゃんって、現在と40年前と何も変わっていない気がするなあ!心がね!!
    今年も一年間、色んな気付きをありがとうございました。来年も楽しみにしております。
    おっくん

    1. 渡辺照子 より:

      おっくん、コメントをどうもありがとうございます。

       そんな思い出って過去の一コマなんだけど、思い出と共にその時の温もりもよみがえってくるんですね。もう終わったことなのに、相手も覚えてくれているような気がして温かくなるんです。寒い冬にはちょうどいいかもです。

      おっくんのところに、あたたかいものがやってきたことがわかり、嬉しいです。

      おっくん、よく思うんです。私は中学の時から変わっていない。って。(笑)
      最近は、このままでいいのか? もっと悟りに向かわなければいけないのではないかと
      焦る自分がいるのも事実です。(汗)

      おっくん、今年も、1回も欠かすことなく、書くたびにコメントをどうもありがとうございます。とてもありがたいことだと存じております。
      心より、お礼申し上げます。

                               渡辺照子

      1. おっくん より:

        変わっていないは誉め言葉!

        僕は今、一品でも正月らしいものがつくれないか迷い中。「美味しい」と言わせてやるぞー。目の前のことで悩んだ方が面白いんじゃない?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA